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東京人の感覚その3♪

2018/07/09 08:34
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気仙沼に住み暮らして10年ほど過ぎた頃、東京の仕事先で打ち合わせをしていたら、スタッフの女性が、ご主人の転勤で仙台に2年いたと言う。気仙沼の人間にとって仙台は大都会である。気仙沼が10円玉なら仙台は1万円札というくらいの違いだ。「仙台は都会だから…」と言うと、彼女は明らかに怪訝な顔をした。仙台がどんなに賑やかな街ではあっても、彼女にとって都会ではない。それが東京に住む人間の偽らざる感覚なのだ。東京と仙台を比較して、仙台は都会に非ず、と思うのではない。東京の人間にとっては、東京だけが都会なのである。その傲慢さを喩えて言えば、イケメンが不細工な男を同性としてまったく相手にしていないような、そんな感じだろうか♪
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空梅雨♪

2018/06/24 05:38
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梅雨入りしてからほとんど雨が降らないので助かっている。歩き疲れてひと休み。大雅にはクローバーがよく似合う。
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夕暮れ時の幸町・盆踊り公園。このあたりはずっと工事現場状態だが、大型店舗の建設も始まっている。震災前の街並みが懐かしい。歩いていてもどこがどこやらさっぱり分からない♪
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東京人の感覚その2♪

2018/06/20 07:12
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20年ほど前に仕事で仙台を訪れたことがある。「町田みたいだな」と思った。町田市は東京都下だが、旧・三多摩地区。賑わいも活気もある街だが、東京の人間は東京と思っていないところがある。それから程なくして気仙沼に移り住んだが、正直驚くことばかりだった。初めて訪れた時は、気仙沼駅に驚いた。駅を出ても海が見えないことにも驚いた。人の姿がないことにも驚いた。乗ったタクシーの運転手さんの言葉がわからないことに驚いた。そして内湾の美しさに驚いた。住み暮らしてからも驚くことは多かったが、それは東京の暮らしとのギャップから来たものが殆どで、すぐに慣れた…というか納得した。それでも個人商店のいわゆる殿様商売ぶりと、医師の「お医者さま」感覚にはなかなか馴染めなかった。ひと言でいえば「不親切」なのだ。「親切だけが人を動かす」というのは故・立川談志の至言だ。この土地の人は「個」のレベルではとても親切なのに不思議でしょうがなかったが、土地っ子のカミさん曰く、どんな業種でも昔から競争というものが無いので「これでいいのだ」と思っているところがある、と。思えば、ひと昔前、当方が子供の頃に暮らしていた町もそうだった。そもそも、その頃の暮らしがしたくて移り住んだくせに、東京人の感覚が抜けていないことを痛感していた♪
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東京人の感覚♪

2018/06/18 08:03
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うまく書けるかどうか分からないけれど、書いてみる。当方は東京生まれ。50年近く住み暮らした後、旅で初めて訪れた気仙沼に移住、以来17年を過ごしている。移住の理由はいくつかあるけれど、金と力を持つ側の思惑に服従しなければ生きていけない暮らしに嫌気がさしていたことが大きい。そうした思惑によって望んでもいないものを山ほど押し付けられ、生まれ故郷である東京は破壊されて、ビルと車のための街と化した。土地への愛着も消え果てて、未練も躊躇もなく気仙沼へと移り住んだ。もちろん気仙沼でなくてはならない訳ではなかったが、そこは縁であり、移住を決断するに充分な魅力が、この街にあった。ここならば人が人として暮らせる、と思った。では「人が人として暮らせる」暮らしとは何か?当方にとってそれは「自然と共生できる暮らし」そして「個人と社会の健全な関係が保てる暮らし」だ。東京は無機質なモノたちで埋め尽くされた、いわば華麗なる廃墟だ。その廃墟は断末魔の息を吐き続けている。人の多さは疾うに限界を超えていて、四畳半に20人で暮らしているようなものだ。

思いもよらぬ震災から7年余が過ぎた。内湾の防潮堤、経緯については下の記事を読んで欲しい。
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180610_13016.html

自然と共生できる暮らしを奪ってまで防潮堤を作ると言うから条件付きで仕方なく受け入れ、その条件を反故にされてもおとなしく従えと言う。どう考えても納得できない経緯だ。馬鹿にするにも程がある。実情は知らないが、力を持つ側が誰かを、何かを庇っているとしか思えない。このところ世の中によくある構図だが、嘘に嘘を重ねているようにしか見えない。気仙沼に来てまで、こんなモノを見せられるとは、思ってもみなかった♪

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新しい公園♪

2018/06/16 06:20
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内湾・魚町の防潮堤問題について書こうとしているのだがうまくまとまらず、更新がしばらく滞ってしまった。ともかく、ひどい話だからね。

眼下の幸町に新しい公園ができたので大雅と行ってみた。広くてきれいだが、子供用の遊具は見当たらないし、設置する予定も感じられない。腹筋ベンチと十字懸垂ベンチがある。当方の実家は横浜市の郊外にあったが、そこにもこんな公園があり、そんな遊具があった。誰も使わず、劣化してビニールシートに覆われ、ロープでぐるぐる巻きになっていた。当方の感覚では、この公園に必要なのは桜の樹だ♪

追記
友人曰く「あの公園は盆踊りのために作ったんだよ」なるほど納得(^^)
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父の詫び状♪

2018/06/07 17:20
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「向田邦子は突然に現れてほとんど名人」と評したのは山本夏彦だったか。あの頃は週刊新潮で山口瞳を読み、週刊文春で向田邦子を読むのが、毎週の楽しみだった。この「父の詫び状」を始めとする著書もほとんど持っていたが、当地に移り住む際に処分してしまった。向田邦子の家族は戦後間もない頃、父の転勤で二年ばかり仙台の琵琶首丁に住み暮らしたことがある。彼女自身は当時東京の大学に通っていたが、夏休みなどには仙台を訪れたこともあり、その頃を書いたものもあったろうと思う。片平丁から評定河原へ抜ける坂を下ったあたりが琵琶首丁。近くの大町交番(お城の体裁をしている)には行ったことがある♪
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世相講談♪

2018/06/06 17:04
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この「世相講談」で「おしょすい」という言葉を初めて知った。三陸の巻き網漁船の漁労長の話だったと思う。中学生の頃に北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズが好きになり、その流れで山口瞳という名前を知ったが(両者は麻布中学の同窓生)、年寄りが読む作家だと思って、近づくことはなかった。読み始めたのは高校を出た頃からだろうか。年長の知人にコピーライターを生業とする人がいて、何かというと山口瞳の名前が出て来ることに興味を持ったのだと思う。それからは「男性自身」を始め、あらゆる著書を読み漁ったし、将棋界への興味も「血涙十番勝負」からだった。「その人が書いているものは必ず読む」は、山口瞳が吉行淳之介について語ったことだが、当方にとっては、それが山口瞳だった。世の中で何かが起きると「山口瞳はどう書くのだろうか」と楽しみだったし、あらゆる意味で影響を受けた作家だ。「世相講談」は、向田邦子が絶賛していた記憶がある。読み返してみよう♪
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あづい♪

2018/06/05 08:13
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昨日は真夏日まではいかないが、それなりに暑い日だった。大雅も3日の全市一斉清掃できれいになった公園でひと休み。「暑い」は当地では「あづい」と発音する。「あんた」は「あんだ」。例えば「おしょすい」等のように、いわゆる気仙沼弁でよそ者には馴染みのない言葉はいくつもあるけれど、独特の発音については表記し難いものが多い。「おしょすい」にしても「おしょしい」と「おしょすい」の間くらいの発音かな。そこにまた独特のイントネーションが加わるので、移住17年すぎても油断すると話に置いて行かれる。自宅でカミさんと話しているのはほぼ標準語だが、カミさんの実家へ遊びに行きみんなで話し始めるともう駄目で、当方は異邦人となる。しかし、たまに仕事で東京へ行き、昔からの友人たちと話をしていると「なんか、言葉が濁ってない?」と言われることがある。すべての言葉に軽い濁点がついているように聞こえるらしい。ちなみに日常会話でよく使われる表現は「だから〜(だがら〜)」、「まずね〜」。語尾は「〜だっちゃ」。なお「おしょすい」は「はずかしい」の意♪
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名古屋の味♪

2018/06/04 09:39
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味噌カツを初めて知ったのは向田邦子のエッセイだったろうか。「なぜ全国区にならないのか不思議」というような趣旨だったが、今は全国区と言っていいだろう。名古屋へは仕事の関りで何度か訪れて、そのたびに手羽先や海老フライ、味噌煮込みうどんや味噌カツを食べたが、あんかけスパゲティは食べられなかったな。土地の方と話していて驚いたのは@朝食はほぼ毎日喫茶店のモーニングサービスAモーニングサービスにはさまざまなおまけが付くBただコーヒーを飲みに行っても必ず何かしらサービスでおまけが付く。付かないような店には誰も行かない…そんなところだろうか。東京で言えば三越にあたるのは松坂屋(「まっつぁかや」に近い発音)らしい。そういえば名駅(名古屋駅)周辺の地下街が充実していることにも驚いた。どうやってたどり着いたか、もう覚えていないのだが、名古屋の方が発信しているブログをよくチェックしている。そこに語られている名古屋の食文化は手羽先味噌カツ味噌煮込みとは全く趣を異にしていて、気軽には踏み込めない奥深さを感じさせるものだ。面白かったのは、名高い居酒屋[大甚]の項で、大甚を最近「たいじん」と読む人がいたが、名古屋人にとっては「だいじん」でも「たいじん」でもないからどうでもいい。『あそこは昔から「だゃ−じん」なのである』♪
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気仙沼ホルモン♪

2018/06/03 10:55
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17年前に移住して街を歩き回り、盛り場にいわゆる焼き肉屋が見当たらないことに、ちょっと驚いた。その代わりにホルモン屋がある。例えば大阪でホルモンと言えばモツ焼きのことだと思うが、気仙沼のホルモンはシロ・ガツ・ハツ・レバーなんかをにんにく味噌のタレに漬け込んだものを網で焼き、せん切りのキャベツにウスターソースをかけたものをあしらって食べる。当方は痛風持ちなので思うさま食べられないのだが、旨いんだなあ、これが。野外でのバーベキューはホルモンが決まりで、どこの自治会の備品にも必ず焼き台があると思う。キャベツを添えるのはビタミン不足になりやすい船乗りの知恵らしい。以前に紀州の港町で焼き肉屋に入ったら、テーブルにちぎったキャベツが山のように置いてあり、食べ放題だった。ウスターソースをかけるのは「そういうもん」だからだろう。17年住み暮らしてしみじみ思うのだが、この土地の人はいたっておおらかで、細かいことに疑問を持ったりしない。
「チャーハンに紅ショウガって全国区じゃないの⁉」とカミさんに言われたことがある。せん切りキャベツにウスターソースも、トンカツだってエビフライだって昔からそうするもんだから、だと思う。当方はキャベツには何もかけずにホルモンと食べる方が好きだからそうするけれど、子供の頃からなじんだ味ってのは、絶対なんだよなあ♪
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鹿の角♪

2018/06/01 09:52
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鹿の角というのは赤マムシやオットセイの睾丸なんかと同じように男のための精力剤だと昔から思っていたが、大雅と暮らすようになって、画像でご覧のように犬のデンタルケア商品として売られていることに驚いた。早速買い求めたが、まるで石のように硬く、まだ早すぎると判断してそのままになっている。同じ時に牛の角も買ったが、こちらは柔らかい髄を含めて、あっという間に食べてしまった。そういえば当地にもうすぐ[牛角]がオープンする♪
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ひぐれさと♪

2018/05/27 19:44
気仙沼には読み方の難しい、わからない地名が多い。例えば「赤岩五駄鱈」とか。「気仙沼」にしても港町ブルースや欽ドンが無ければ、すんなりケセンヌマとは読みにくいと思う。
まあ、地名というのは何処でもそんなものかもしれない。東京で暮らしていた頃(当方は東京生まれで50年を過ごした)地方からの友人が「日暮里」を「ひぐれさと」と言っていたことがある。「葛飾」なんてのも初めてでは読みにくいだろう。当地には「鹿折」という町があり「ししおり」と読む。鹿を「しし」と読むのはかなり古風で、例えば「鹿ケ谷」や「鹿おどし」なんかが典型的な例だ。
鹿で思い出したが、以前ヨガの教室に通っていた友人から聞いた話で、若い女の先生が「はい!最後は屍(しかばね)のポーズです!」。しかばねのポーズというのはヨガで最後に行う、休息のポーズなのだが、先生続けて曰く「鹿が死んだように!」♪
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ある一日♪

2018/05/24 23:41
4時起床
当方は年寄りである。年寄りは早起きである。とはいえ豆腐屋じゃあるまいし、いくら何でも早すぎるのだが、このところ疲れが溜まってしんどく、前夜は9時に寝てしまった。普通ごみの日なので、家中のごみを大袋二つに詰める。その後は毎日チェックしてるブログ等をチェックしたり、いろいろとやらかしてくれるネコたちの世話をしたり。

5時
息子の弁当と自分の昼食用に米を2合とぎ、7時半に炊けるようにセット。糖尿の薬を服用してから朝食(ハムチーズトースト・セロリ・コーヒー)。食後に血圧の薬を服用。ご飯が炊けるまで仕事。6時半にごみ投げ(当地では捨てることを「投げる」と言う)。

7時半
息子が目覚ましを止めないので声をかけて起こす。ご飯が炊けたので弁当作り。息子のリクエストで三色ご飯(鮭ほぐし・炒り卵・肉そぼろ)枝豆(ない時期は冷凍品)・ほうれん草のおかか和えは毎日同じ。あとは冷食をチンして詰める。肉そぼろは自家製。この時代、ネットであらゆるレシピが手に入るので、料理がさらに楽しい。

8時20分
ぎりぎりまで寝ていた息子は朝食抜きで学校へ。仕事をしつつネコたちと大雅のご飯を準備。大雅は、なるべく太らないように育てているが、ドッグフードを一日1キロ食べる。

9時。
うつ病で強い薬を20年来服用し続けているカミさん起床でコーヒータイム。ネコたちと大雅にご飯。大雅としばし触れ合う。すでに体重は60キロ以上あるが、まるっきり子供なのでドタンバタンと大騒ぎ。危ないので眼鏡を外して(以前に激突して壊れた)遊ぶ。その後、ずっと仕事。

11時半
お腹がすいたので糖尿の薬を服用してから冷凍庫に残っていたウナギのレトルトパックでお昼ご飯。カミさんはこのところ朝から午後までコーヒーだけ。食べながら、歌人・斎藤茂吉は作家・北杜夫の父親で、ウナギが好きだった話をする。

13時
仕事を続ける。暑くなってきたので大雅を玄関先から庭へ移動させ、落ち着くまでしばし触れ合う。ブルーベリーの枝を噛んでしまうので、つなぐ場所を数回変えた。

14時半
仕事が煮詰まったので食材を買いに自転車でいつものスーパーへ。往復1時間。レジでCのマスターに会ってよもやま話。風はさわやかだが陽ざしが強く、さすがにしんどい。帰宅するとカミさんがようやく昨夜のタケノコご飯の残りを食べていた。30分ほど昼寝。

17時
息子が帰宅したので当方一人で大雅と散歩へ。実はカミさん、10日ほど前の散歩中、ネコを追いかけて急に走り出した大雅に引き摺られて近くの建物の柱に顔面を強打し転倒、両腕の捻挫と全身打撲症状で静養中なのである。

18時
短めの散歩で帰宅。当方一人だと最近はいい子で、今日の散歩も80点の出来だった。

18時半
夕食。息子のリクエストでパスタ。同時進行で大雅とネコたちにご飯。糖尿の薬を服用してからカルボナーラとミートソースを食べる。食後に痛風とコレステロールの薬を服用。ここまでに書いたような事情で家事一切を当方が担当しているが、掃除も洗濯も料理も好きなので苦にはならない。夕食後、仕事を続ける。

22時
さすがに4時起きが堪えて就寝。お疲れさまでした♪
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藤井聡太七段♪

2018/05/19 07:33
将棋が好きになった頃、故・板谷四郎九段の、たしか昇段祝賀パーティーでスピーチを指名された故・芹澤九段が「板谷門下から、まだ名人は出ていない」と始めると、主賓の板谷九段が「何を言うか!」と怒り出したが「しかし孫弟子やその弟子から名人になる者がきっと現れるだろう。それすべて板谷先生の功績である」というように続け、納得していただいた云々、と芹澤九段ご本人が書かれていた。
藤井聡太・新七段の師匠である杉本昌隆七段は故・板谷進九段門下。板谷進九段は板谷四郎九段の弟子でご子息。つまり藤井聡太七段は板谷四郎九段の曾孫弟子にあたる。

久しぶりに将棋の話を書いた♪
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梅雨のような日々♪

2018/05/18 14:54
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昨日もそれなりに暑かったが一昨日ほどではなく、大雅は玄関脇でいびきをかきながら過ごし、涼しくなった夕方の散歩も楽しそうだった。当方の検査もすべて正常値でひと安心
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今日は未明から強い雨が降り始めて肌寒く、まるで梅雨だ。一昨日は茶の間のエアコンを除湿でつけたが、今日は灯油ヒーターをつけている。今夜から明日にかけてさらに天気は大荒れ、という予報も出ている
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昨日今日♪

2018/05/17 08:12
子供の頃「昨日今日明日リキホルモ〜♪」というCMソングがあった。
リキホルモは力道山がイメージキャラの強壮剤。
CMには映画『昨日・今日・明日』の映像が使われていた記憶がある。

そして昨日は唐突に真夏日
30℃はあろうという暑さに大雅も身の置き所がない感じで、散歩と訓練も少し涼しくなった6時近くにしたが、公園でへばっていた(^-^;

このところずっと不調で昨日も学校を早退して来た息子はそのまま病院へ行った。病院嫌いの注射嫌いだが観念して血液検査も受け、異常なし。風邪をこじらせていることと軽い胃炎との診断だった

夜半から強い雨、現在も降り続いている。涼しいのは有難いが、予報では午後からまた暑くなるらしい。17年前に移住して来た頃は真夏でも暑さが全く苦にならず、土地の人が「あづいあづい」と言っているのが不思議だったが、身体がすっかり北国仕様になったのだろう、かなり堪える。暑さの質も、あの頃とは違うけれど。

今日は午後から定期検査で病院へ行く。血圧・血糖値・尿酸値・コレステロール値に問題があって薬を服用している。痛風(高尿酸血症)は持病、糖尿は予備軍というところで、メンテナンスは怠れない♪
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バーン・ガニア♪

2018/05/16 09:32
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国際プロレスの試合を観に行ったのは高校生の時で、新聞社に勤める叔父からチケットを貰ったのだと思う。プログラムも保存しておいたのだが、どうしても見つからない。サンダー杉山、グレート草津ともに海外遠征中で不在、プログラムには豊登も載っていたが出場しなかった。後のアニマル浜口がミスター浜口として若手に名を連ねていたが、やはり登場せず。外人レスラーは前回に書いたモンスター・ロシモフとカシモド、あとバッドボーイというパッとしない中堅レスラー。バッドボーイの試合は全く記憶にない。そしてメインイベントのバーン・ガニアVSストロング小林。その頃のストロング小林は見た目がアントニオ猪木に似ていて、場内から「イノキー!」というヤジが飛んでいたのを覚えている。バーン・ガニアは「AWAの帝王」というイメージで語られていたのでガチガチのストロングスタイルなのだろうと想像していたが、実際に見るファイトぶりは思いのほか俗っぽく、コーナーに追い詰められストロング小林の攻撃を受けてのオーバーアクションに大量の汗やら何やらが飛沫のように派手に舞い散り、そのたびに場内がどよめいていたのを覚えている。試合の詳細は覚えていないが、スリーパーホールドで失神した小林にガニアが活を入れて覚醒させた場面があったような気がする。フィニッシュは一瞬の隙をついての何たらクラッチホールド(失念)だった記憶もあるから、三本勝負だったのかもしれない。
ほぼ半世紀前の話でした♪
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しんどい陽気♪

2018/05/15 20:34
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気仙沼は港町だからそもそも天気は不安定で、一日のうちでも晴れたり曇ったり雨が降ったりと、コロコロ変わる。そこへ持って来てこのところ寒かったり暑かったりの日替わりで、大雅もしんどそうだ。今日は暑くてバテ気味、いつもの公園でしばし涼んでいた。
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100均で買ったボールがお気に入り。踏んだり噛んだりするとキューキュー鳴る。今月末で1才になるが、遊んでいる姿はまるっきり子犬だ。
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やがて来る梅雨そして真夏に向けて大雅が快適に過ごせるよう、カミさんと2人で手立てをいろいろと考えている♪
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誤植♪

2018/05/14 19:54
仕事柄、誤植には神経質だ。どんな文、文章を読んでいても、気が付くと校正をしている。吉行淳之介のエッセイを文庫本で読んでいて「松茸にレモンの汗をしたたらせて」という一節があった。なるほどレモンの汗か…と思った刹那、吉行淳之介がそんな陳腐な比喩を使うはずもない、「レモンの汁」の誤植だろう、大手出版社の著名小説家の作品でもそんなことがあるんだ…とリアルに感じたのが、高校生の頃だった。誤植についての話では向田邦子のエッセイで、有名女優が渡された台本を持って来て「ここはどんな表情をすればいいんでしょうか…」と恐る恐る彼女に訊ねるので、見ると(猿股の表情)とある。それは「狼狽の表情」と書いたところだった。当方自身が経験したものでは「祝福の鍋の中」(祝福の渦の中)とか「都会の夜を駈ける孤独な狸」(もちろん狼です)なんてのが傑作だった。
肉筆で原稿を書くのが当たり前だった時代の話でした♪
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アントン・ヘーシンク♪

2018/05/13 06:18
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東京オリンピックの時は小学5年生。学校から許可を貰い、国立競技場にボブ・ヘイズの走りを観に行った。テレビで観る東洋の魔女、重量挙げの三宅、体操の遠藤、マラソンのアベベに興奮した。ヘーシンクと神永の柔道無差別級決勝も観ていた。両手を高々と挙げたヘーシンクは、ともかく圧倒的に大きく、底知れない力が身体のすみずみまでみなぎっている感じだった。

レスラーとなったヘーシンクはひどかった。ひと言でいえば「大根」♪
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