有吉道夫九段

 いつかたずねてみようと思いながら、その都度忘れていたのだが、「有吉は元華族である」という話を十年ほど前に聞いた。なるほど、あの顔はどこか変っている。あのすわり方は百人一首の絵にある何々の朝臣(あそん)と同じだぞ。公家のすわり方というのがある。―勝手な想像をめぐらせ、しまいには、ぜひその話が本当であってほしいと思うようになっていた私。

東公平著「名人戦名局集」(弘文社刊)第28期名人戦第3局の観戦記より。第一回「将棋の日」に蔵前国技館で有吉九段をお見かけした折に、何というきれいな顔をしている方だろうと、自分も思った。元華族という話を信じたくなる東氏のお気持はよくわかる。

 「いえ、とんでもないです。うちは百姓ですよ」有吉は私のユメを一言のもとに破って、ニコニコ笑っていた。ぜひお聞きしたいことがある、といって休憩時間に有吉の控室へ押しかけた私は、やむなく用意の第二弾、彼の棋界入りの動機をたずねてみた―。

当時の名人は大山。師匠に弟子が挑戦するという戦いは、名人が挑戦者を「有吉」と呼び捨てにすること以外、とくに通常の対戦と変わりはなかったと聞く。

 「終戦後ですが、父が、将棋を習おうとして本を買って来ました。ぼくは小学校六年ぐらいだったと思いますが、新聞将棋の切抜き係をやらされました。その本は―惜しいことしました、だれかにやってしもうたんですが、『将棋虎の巻』いうんですわ。定跡から詰将棋から、いろいろ書いてある本で。ところが父は全然読まない。ぼくがみな読んでしもうたんです。そんなおぼえ方ですから、ぼくの将棋はシロウト将棋です。つまり、からだでおぼえたんではないという意味でね」

続いて昭和50年度第30期A級順位戦、対加藤一二三九段戦より。観戦記は(栄)こと吉井栄治氏。

 加藤と有吉は矢倉の好敵手であるばかりでなく、奨励会同期生の好敵手でもある。昭和26年、どちらも関西奨励会の三級で棋士のスタートを切った。四段になって順位戦に登場したのは、加藤は二十九年、有吉は一年おくれて三十年。その後、加藤は新記録の連続昇段で三十三年八段、四十八年九段、有吉は四十年に八段。加藤はA級になってから三度B級1組に落ちたが有吉は落ちたことがない。

続いて内藤國雄九段著「私の愛した勝負師たち」(毎日コミュニケーションズ刊)収録「ライバル」より。

 升田―大山に比べるとスケールは小さいが、有吉と内藤はライバルといわれてきた。
 有吉氏は私より四歳上で、その分、棋界入りも早く、常に二段くらい上にいた。
 周りがライバルと認めるのは、格も力も拮抗してからのはずだから、二人がA級八段で並んでからであろう。
 私が有吉さんに特別闘志を燃やし出した原因はなんだろう…。
 少年時代、こんなことがあった。
 私が初段か二段のころ。奨励会を抜けたばかりの有吉四段と偶然連盟からの帰り道で一緒になった。最も打ち込んでいた時期だから話は将棋のことばかり、中で先輩は言った。
 「やっぱり王様は固めとくほうが戦いやすいなあ。君の将棋は僕の三級時分の将棋によく似てるわ、僕もあのころは王様囲わんとよう攻めたもんや」
 今思えば他愛のない話である。
 こんなことで腹を立てるなら、私なども気がつかないうちに多くの人を不愉快にさせてきているに違いない。
 しかし頭の中は将棋のことしかなかった少年は、“三級にそっくり”という言葉を思い出しては腹を立てた。(87・12・31)


有吉九段が「おかっぱ侍」と呼ばれている観戦記があった。それはこういう訳なのだが、今は「おかっぱ侍」を知る人も少ないだろう。

最後に中平邦彦著「棋士・その世界」(講談社刊)収録『盤上没我』より。

 こんな話がある。
 四十六年十一月、奨励会A組の東西決戦で大阪の森安正幸三段と東京の真部一男三段が戦った。が、真部は将棋を悪くし、早々と投げてしまった。奨励会幹事の有吉はそれを批判して次のようにいう。
 「敵に一矢を報うべくがんばってほしかった。昔、中国の武人が、刀折れ矢つきれば素手をもって敵と戦い、力つきて捕われの身になれば、眼光をもって敵を射すくめ、もし盲目にされれば、なお舌をもって敵を刺すといったとある。勝負を争ううえにおいて可能な限り力の限界をつくして闘う。この気迫は何より必要ではないかと思う」

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この記事へのコメント

宮ちゃん
2010年02月08日 11:52
有吉九段、長らくお疲れ様でした。
ライバルの内藤九段には、まだまだ頑張って欲しいです。
人生の大先輩の生き様に、ただただ感服するばかりです。
hirozoo
2010年02月08日 18:22
いつもコメントをありがとうございます。以前NHK杯で有吉九段が解説者、負けた方の棋士の「ここではもうどうやっても駄目だから…」という感想戦での発言に心底怪訝そうな顔をされていたのを思い出します。
一将棋ファン
2010年02月09日 20:47
有吉九段と升田幸三名人(あえて名人と呼びますが)の話が続きありがとうございます.私が将棋に熱中していた小学生の頃(S40年代)にこのお二人が順位戦で戦っていたのを思い出します.私の記憶では有吉九段が一生懸命攻めても升田名人がうまくいなしてしまって,”有吉九段が顔を真っ赤にして読みふける,升田九段は御機嫌でタバコの煙をくゆわせる”といった様な情景を東公平さんでしたか,が観戦記に書かれていました.有吉九段はA級に常在(落ちる気配も無し)する棋士であり,その強い有吉九段に圧勝する升田名人,その上にいる大山名人という図式が当時私の中にありました.その有吉九段がついに引退ですか,去年は最後に順位戦を盛り上げてくれて本当に嬉しかったです.有吉九段の今後の御健勝を祈念致します.又どうか加藤九段,内藤九段にはいつまでも頑張って頂きたいと思っています.
hirozoo
2010年02月10日 08:50
ご丁寧なコメントをありがとうございます。中平邦彦氏の名著『棋士・その世界』に人気棋士・野獣見立てという章がありますが升田名人「虎」、有吉九段「サイ」、内藤九段「大鷲」と。言い得て妙ですね。一将棋ファン様、これからもよろしくお願いいたします。

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