テーマ:将棋

藤井聡太七段♪

将棋が好きになった頃、故・板谷四郎九段の、たしか昇段祝賀パーティーでスピーチを指名された故・芹澤九段が「板谷門下から、まだ名人は出ていない」と始めると、主賓の板谷九段が「何を言うか!」と怒り出したが「しかし孫弟子やその弟子から名人になる者がきっと現れるだろう。それすべて板谷先生の功績である」というように続け、納得していただいた云々、と芹…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ひふみん♪

高校生の息子と話していたら「ひふみんってさあ」と。 子供の頃に少し将棋の手ほどきをしたけれど、とくに興味を持たないまま現在に至っている息子の口から「ひふみん」という名前が出るようになるとは、少し前までは思ってもみなかった。 40年以上前から、現在でいう「観る将」をやっていた。 第一回将棋の日には、蔵前国技館に出向いている。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

離縁状♪

このブログは当初『将棋が好きになってから』というタイトルでした。 そこでも触れていますが、 当方は第一回「将棋の日」の催しに国技館へ出向いています。 大野・塚田・大山。中原・米長・内藤…。 そうそうたる顔ぶれが土俵上に並んでいました。 土俵下を忙し気に動く芹沢八段も見つけました。 土俵上で指された十段戦の後、 正規の対局場…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

追悼

天野貴元さんが亡くなられたことを知る。 ブログの更新がずっと滞っていたので案じてはいた。 あれこれ悩みを抱えて落ち込むたびに天野さんのことを思い、 俺は何を甘ったれているんだと自分を叱りつけていた。 面識はなかったが、力になっていただいた。 ありがとうございました。合掌。
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

升田幸三の孤独

父親が無趣味な人間だったので、幼い頃から将棋や囲碁に関わるものは何も家になかった。就学前の2年余をパキスタンで暮らしていて、娯楽の少ない土地だったのでさまざまなボードゲームで遊んでいたが、盤駒や碁石を見た覚えはない。帰国して編入した小学校でも将棋が流行した記憶はなく、中学・高校と縁のないままに日々を過ごし20代を迎えた頃、山口瞳の文章を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

追悼 米長邦雄永世棋聖

日本将棋連盟会長・米長邦雄永世棋聖が亡くなられた翌日、所用で上京した。立寄り先がたまたま千駄ヶ谷だったので将棋ファンとして個人的に哀悼の意を表したいと思い、故人がここ数年間君臨し続けた将棋連盟まで行って来た。写真は鳩森神社・将棋堂脇の石碑。連盟は普段と全く変わらない様子だった。 その昔、観相学の大家にして将棋を愛した作家・五味康祐…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

たまには将棋のことなど

そもそもこのブログは将棋のことを書く目的で始めたんだけど、あっという間にネタが尽き身辺雑記でお茶を濁しているうちに震災ですべてがどうでも良くなってしまい、現在に至っている。とは言え今でも観るファンではあるし、将棋に関るブログもまめにチェックしている。さっきまで羽生‐谷川戦を観ていたし。 将棋に関して言えば自分に「見えるもの」は勝負…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

三寒四温

すでに30年くらい前の話になるが、ある作家に某大出版社から、さる出版企画への参加をお願いしたいので、ついては打ち合わせをしたいとの電話があった。作家はその企画に気乗りがしなかったのでその旨を伝え、打ち合わせについても断った。ところが、その作家の参加を前提に企画はすでに進行しているのでぜひとも承諾していただきたい、と出版社側は言う。企画に…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

将棋世界3月号を買った

どなたかがブログで、表紙が地味なので本屋で見つけにくかった、というようなことを書いていらした。たしかに地味ではあるが、モデルの責任ではない。 ざっと目を通しただけだが『とちぎ将棋まつりレポート』を初めとして内容は盛り沢山。将棋と関係ないところでは瀬川晶司四段の「感動の告白」や某出版社の呆れたお詫び広告が目に留まった。飯塚祐紀七段の…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

奔馬

若手棋士が主催した集まりに参加した際、お土産でいただいたもの。 布盤の裏に奔放な字が躍っている。 早いものであれから10年以上が過ぎた。 身辺多忙で更新が儘ならず。次回は25日頃になります。
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?を買った

とは言え、まだ読んでいない。 このところは仕事の合間に将棋関係のブログをチェックするだけで手一杯、自分が育ってきた時代には想像もつかなかった情報量の多さに圧倒されている。もちろん取捨選択して行けばいいのだが、どのブログも面白いのだ。申し訳ないけれど将棋世界もしばらく買っていない。しかし、この本は欲しかった。 ずっと以前に将棋…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

ばれてもともと

仕事に疲れた深夜、ぼんやりと書棚を眺めていたら、この本が目についた。手にとって開いたら思いがけず『セリさんの贈り物』というページだった。「セリさん」とは故・芹澤博文九段。親交のあった著者がその死を悼んで書いた文章だ。作家・色川武大は芹澤九段の、おそらくは最後の著書『指しつ刺されつ』にも阿佐田哲也として対談の相手に登場している。観戦記につ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

全部取っちゃえ

遠い昔の話。 棋士を目指して師匠宅で内弟子生活を送っていたA少年。ある日、同じように棋士を目指すB少年がお師匠さんの用事か何かでやって来た。おたがいに修業中の身ではあるが将棋を指している分には雑用を言いつけられない。師匠の許しも出て、しめたとばかりに二人は盤をはさんだ。勝てば50円の真剣勝負。同い年で誕生日も四日しか違わない二人ながら…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

バスの中の“くろがね坂口”

横浜の郊外にある実家には高校を卒業した頃から15年ほど住み暮していた。 移り住んだ当時は「横浜のチベット」などと揶揄されていた土地だ。 家の周辺は山菜採りができるような里山で、歩くとあちこちに『鳥獣保護区域』という立て札があった。当時、横浜に引っ越したと人に言うと「港は近いの?」などと聞かれたが、港はおろか横浜駅まで行くにも2時間近…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

棋士と痛風

畏れ多くも高段棋士の方々を痛風という括りで勝手に語ろうという訳だが、同病相憐れむということでお許しいただければ幸いです。 自分の知る限りでは先ごろ引退された大内延介九段。作家・山口瞳氏が棋士の旺盛な食欲について書かれたものに「カレーライスなら鍋で食う」と豪語されていた大内九段が痛風になってしまったのは実に残念、という意の文章があっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

内藤國雄九段と猫

加藤一二三九段と猫の話題が人の口の端に上ることもなくなったが、あのニュースを目にするたびに思い出していたことがある。 20年くらい前に将棋雑誌で読んだことゆえ細部の記憶は曖昧なのだが、内藤國雄九段も当時お宅の庭にやって来るノラ猫に餌をあげていらしたそうだ。 小高い丘の中腹にある一軒家の広い庭に十数匹のネコが集って来る。お腹を空か…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

Leaves that are green

 林葉にかつて言ったことがある。女と将棋を指すな。男と女の将棋は根本的に違う。つまり、男はそれを失敗すれば後がない。女は男に寄りかかって生きてゆける。心に緩みがある。稼業についての思いが違う。  しかし、プロの四、五段程度になることなら、男とだけ“将棋”を指していれば男の将棋になれる。狼の将棋になれる。  羊の将棋から狼の将棋になる…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

情念との格闘

前回に引き続いて素人が勝手なことを言います。 第三局までの羽生名人の対局を拝見していて、そこから気迫は伝わって来ても、獲物に襲いかかる獅子のような凄味が影を潜めている。何か勝負を争っているような気配が感じられない。将棋という大きな流れと眼前の一局の小さな流れの中で自らの感性と対話を続けているかのようで、その結果として手にするものに…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

雑念との格闘

将棋に関しては昔話ばかり書いてきたブログだが、名人戦棋譜速報は見ている。 三浦八段の挑戦には期待していたが、第三局も終ってみれば羽生名人の勝ち。 将棋の内容について踏み込んで書けるような持ち合わせは何もないので素人が勝手なことを言います。ご容赦ください。 名人戦の三浦八段は挙措動作を含めて、不安定さが尋常ではない感じがする。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

続・間宮久夢斎六段

前回の補足。『指しつ刺されつ』は芹沢九段がデイリー・スポーツ紙に連載されていた同名のエッセイを中心にまとめられた著書で昭和62年5月にリイド社より発行された。亡くなられたのが同年の12月だから、最後の著書だろうと思う。将棋界、棋士についての面白エピソード満載で巻末には江國滋氏、阿佐田哲也氏、石堂淑朗氏との対談も収められている。 エ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

間宮久夢斎六段

人の提灯で明りをとってばかりで恐縮だが将棋ペンクラブログのこの記事を読んで、どうしても紹介したくなった。間宮久夢斎六段の話です。  「最も変わっている人っていえば、間宮久夢斎こと、間宮純一さんですね。もちろん将棋連盟に籍はあるんですが、旅回りの将棋指しを実践していてね。放浪癖があって、北は稚内から南は鹿児島までもう一年中旅をする。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

名人戦復帰記念特別棋戦観戦記by山口瞳

昭和28年生まれの自分は『血涙十番勝負』や週刊新潮『男性自身』を読み、作家・山口瞳を通じて将棋や将棋界への興味を深めた世代である。 山口瞳氏の観戦記と言えば剃髪の挑戦が話題を呼んだ昭和53年の第36期名人戦第一局が思い出されるが、それに先がけて行われた毎日新聞への「名人戦復帰記念特別棋戦」の第一回戦第一局でも観戦記を担当されている。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

丸ビルを五つ

愛読させていただいている将棋ペンクラブログの、少し前の記事になるが大山・升田のコンピュータ将棋観を読んでいて、以前にも何度か引用させていただいている中平邦彦氏の名著『棋士・その世界』冒頭に書かれた塚田正夫名誉十段のエピソードを思い出した。 アマチュアがプロ棋士と平手で指すとして、あらゆる本を見て常に最善手を指して行けばアマチュアが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

飛行機が正解

相変わらず昭和50年頃の話。記憶が曖昧なので、ご容赦を。 東京在住の某八段に大阪での対局がついた。 ところが移動に予定していた日、JRがストライキを決行することとなった。 飛行機のチケットは完売、キャンセル待ちなんていう危険なことは出来ない。 某八段はあらゆる陸路(あるいは海路もあったか)を独自に調査(当時はネットなんていう…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

若き日の真部一男九段(2)

3月23日に高輪の仮寓で行われた前局に続いて、故・真部一男九段、当時の真部五段は富沢幹雄八段に勝ち、5月12日、新装なった千駄ヶ谷の将棋会館にて王将戦第一次予選突破を目指し下平幸男八段(当時七段)との対戦に臨んだ。観戦記は倉島竹二郎氏。  その日の真部五段は和服だったが、連盟屈指の美男子であり、ハカマ姿が実によく似合った。(中略)…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

若き日の真部一男九段

遅ればせながら確定申告書を提出してようやく仕事も一段落。 また少しずつ更新しますので、よろしくお願いします。 さて本日は昭和51年度の第26期王将戦第一次予選の新聞観戦記から。開幕第一戦は真部一男五段と土佐浩司四段(段位はいずれも当時)の対戦だった。観戦記は王将戦と言えば倉島竹二郎氏。新進のナンバーワンと評判の高い真部一男新五段…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

確定申告(追記あり)

という訳で零細とはいえ個人事業主の自分も何かと気忙しい。棋士の皆さんのブログを拝見していると、ほとんどの方が早めに済ませていらっしゃるようで、頭が下がる。もっともこの時期は順位戦の終盤でもあり、面倒な事に煩わされたくないというのが本当だとは思う。 10年ほど前、若手棋士の皆さんが企画したファンの集いで将棋会館にお邪魔したことがある…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

天丼の上

 夕食の注文の時に加藤はノータイムで「わたくしは天ドンの上」と言った。そのキッパリした口調に大内は感心して(?)あざやかなさばきだなァ、と言った。そして「よし、オレも天ドンと行こう」と五分に張り合っていた。 昭和50年度第30期A級順位戦、大内・加藤戦より。筆者は東公平氏。ちなみに対局日は1月14日、対局場は高輪の連盟仮本部である…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

有吉道夫九段

 いつかたずねてみようと思いながら、その都度忘れていたのだが、「有吉は元華族である」という話を十年ほど前に聞いた。なるほど、あの顔はどこか変っている。あのすわり方は百人一首の絵にある何々の朝臣(あそん)と同じだぞ。公家のすわり方というのがある。―勝手な想像をめぐらせ、しまいには、ぜひその話が本当であってほしいと思うようになっていた私。 …
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

升田幸三最後の順位戦(2)

 おそらく―名古屋を出立する前に板谷八段は、こう割り切ったのではないか。  「ようし。ヒゲおやじをオレが引退させてやる」と。 第30期A級順位戦、升田・板谷戦観戦記第一譜の冒頭。筆者は東公平氏。  三勝一敗のあと、大山、二上、有吉に連敗した升田幸三九段は、初めて「順位戦で四敗」を記録し、絶壁に立っている。同じ星でも板谷の三…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more